社会科の研究・研修内容について公開します。
2学期に3年生と行った公民の授業で行った教材についての紹介になります。
流通の学習において、MITスローン経営大学院で開発された「ビールゲーム」を基に、「ケーキゲーム」として中学生向けに教材開発を行い、実施しました。
1月26日(月)に本校で社会科の授業づくりセミナーを開催いたしました。県内外の27名の先生方、学芸員の方、大学院生にご参加いただきました。
今回のセミナーの前半には、本校職員による授業公開を行いました。
1年B組では、戦国時代という結果を踏まえ、民衆(特に農民)の視点から「中世は古代よりよい時代になったのか」という討議を行い、歴史観をつくる授業を行いました。
授業の前半は、村の「中」の情報に注目し、農業生産の向上や村人の自治、団結の様子を根拠に「これまでよりよい」と考える生徒と、村の「外」との関係に注目し、乱取りやナワバリ争いの記録を根拠に「これまでより危険になった」と考える生徒で意見の対立が見られました。
「よりよい」と考えた生徒の中には「(元寇後の幕府の対応に、御家人が)物申す授業をやったじゃないですか。うちら班は失敗したじゃないですか。その負けた理由って、おそらく一人で出たからですよ。資料見たらわかる通り、この時代は集団でやることで、守護大名など上の人に物申しやすかったのかなって思います。」と、これまでの学習経験とつなげて発言する生徒が見られました。
一方、「より危険になった」と考えた生徒の中には「小さい村は、攻め込まれるって恐怖とずっと一緒にいるわけじゃん。だから戦う準備をしようっていうので、ずっと不安な気持ちでいるままになっちゃうかもしれないから、気持ちの状態としては、弱い村にいる人々にとっては、よりよい時代とは全然言えないんじゃないかなって思いました。」と、村の規模の違いも踏まえた上で、小さな村の人々の思いを想像した発言をする生徒が見られました。
授業の中盤で、ある生徒の「当時の人たちって、“村の豊かさ”と“命”、どっちが大切だったのか、僕たちの班で考えています」という発言をきっかけに、当時の人々の思いの推測が始まりました。ある生徒が「村内で団結していたからこそ、一人一人の命は大切だったのでは。」と発言すると、別の生徒が「じゃあ、何で戦いに行ったんだ。」という疑問をつぶやきました。これを受け、議論は「一揆を起こした人々の思い」に焦点化されました。
その後、当時の自然環境の記録と関連付け、「資料にある当時の自然環境を見てほしいんだけど、台風とか洪水が結構多くなってるじゃん。被害の大きい地域の人と、そうでない人との格差が起こって、一揆とか争いが起こったんじゃないかなって思った。」という発言や、「資料を見てほしいんだけど、飢饉が結構増えているじゃん。だから、もしかしたらなんだけど、明日中に何か食べ物を食べないと死ぬっていう状態の人が、しょうがなく、こういう一揆などを起こしているんじゃないかと思って。村を豊かさよりも、まずは自分が生きられること、自分の命のために一揆を起こしていると思いました。」という発言、「一揆を起こすのって、豊かになるためって状態じゃなくて、自分が生きるために自分の命を懸ける価値があるってことじゃん。だから、命を懸けるのは命がなくなりそうだからなわけでしょ。だから、自分やたくさんの人が危機的状況に瀕しているから、たくさん一揆が起きているんじゃないかって思いました。」といった発言が見られました。また、「僕は命よりも、自分が死んだ後に、子どもにいい土地を残すために一揆を行った人もいたんじゃないか。」という、土地に着目した発言も見られました。
授業の後半では、授業者から次の資料を生徒に提示し、どう捉えるか委ねました。

この資料を見て、生徒からは「村で同じことをしようって決めたのに、なんで一人だけ一揆に参加したのかな。」、「資料を見てほしいんだけど、他のところから来た人は村から追い出すってきまりがあるから、他の村に入りようがないと思った。」、「逆に仏教勢力のところに逃げることはできるんじゃないかなって思いました。」、「一向一揆って仏教徒の一揆だったじゃん。お寺に逃げてもまた戦いに巻き込まれるんじゃないかな。」といった声が飛び交いました。生徒は、危険が迫る中で、村に残って一揆に参加した人の思いを想像します。そこで、授業者はさらに次の資料を提示しました。

この資料を見て、「一か八かで活躍できれば、恩賞がもらえたんだ」、「奈良時代はこんなチャンス無くて、人々はずっと格下だったのに」という声が上がります。生徒たちの間で、村の外からの危険や命の危機といった民衆にとってのマイナス的な要素だけでなく、再度民衆にとってのプラスの要素にも注目しました。
授業の最後に、ある生徒は「奈良時代の時はずーっと平民というか、出世するチャンスはなかったけど、戦って勝ちさえすれば恩賞がもらえるってことは、出世して豊かになれるチャンスがあるってことだと思う。でもチャンスが増えたことでいい思いをした人もいるだろうし、戦いが増えて悪い思いをする人もいるわけだから、いい時代になったかどうかは別として、自分たちでルールを決めることができるようになったりと、民衆にとって今までよりできることが増えた時代なのかなって思いました。」と、自分の考えをまとめました。

授業に対して、参加された方から次のようなご感想をいただきました。
・パブリック・ヒストリーの考え方を取り入れた実践として、大変勉強になりました。特に、民衆(授業内では村民中心)の立場から、中世が「よりよい時代」になったのかを問う課題は、「時代の大観」の視点から、興味深いものでした。本時の後半で、先生が提示された各市史の資料は、生徒のエンパシーを働かせながら時代観を深めるものであったと思います。単元内の地域と結び付けた資料は、先生の研究のご苦労を感じます。貴重な資料、参考にさせてください。地域の実態について語り部となる人は現存しませんが、地域史こそまさにパブリック・ヒストリーの理論を導入して、実践されるべきだと思いました。
・一揆を中心としての課題としてよく話し合えていたと思います。”命を投げうってでも”といった発言は、まさに狙っていた部分だったのではないでしょうか?前時の押さえがきちんとできていたからこその生徒の発言だったと思います。
2年B組では、歴史分野において授業公開を行いました。本時の学習課題は「日本は開国すべきか」であり、「近代世界の確立とアジア」から幕末までを一つの単元として構成した中での学習でした。
本単元の初めには、イギリス市民革命、アメリカ独立、フランス革命、イギリスの産業革命などを通して、近代ヨーロッパ諸国がどのように力をつけ、アジアへと進出していったのかを学習してきました。また、前単元・前々単元では、江戸幕府がどのような支配体制を築き、行き詰まりを見せる中で、何を大切にしながら幕府存続を目指してきたのかについて学んできました。
本時では、そうした既習事項を想起しながら、日本が開国すべきかどうかについて考え、討論を行いました。生徒たちは、単に「開国」「攘夷」といった言葉で判断するのではなく、当時の大名や藩の有力者がどのように考えていたのか、また民衆はどのような影響を受ける可能性があったのかといった点について、資料をもとに多角的に考察しました。
討論では、開国派からは「発展し続けている列強に後れを取らないためにも開国して日本も強くなり、近代化を進めるべき」「開国を断った暁には、アメリカの高い武力にやられて、南京条約のような不平等条約を結ばれる未来は容易に想像できる。完全対等な貿易は難しいかもしれないが、戦いに負けて結ばされる条約よりもマシ。」といった意見が出されました。一方、慎重派からは、「開国したとして、対等な貿易ができるとは思わない。目先の利益だけを考えて開国するのではなく、軍事力や産業の土台をつくった上で開国するのでも遅くない。」「そもそも鎖国をした理由はキリスト教の流入を恐れたから、開国することでキリスト教が入ってきてしまうと、幕府の支配体制が崩れてしまう可能性がある。」「開国することで外国の安い製品が輸入され、国内産業が衰退してしまう。そこから民衆の不満がたまり、一揆を起こされてしまう危険がある。」など、政治・経済・宗教・民衆生活といった多様な視点からの意見が見られました。
討論を通して、生徒の考えが揺れ動く場面も多く見られました。「慎重派だったが、討論を通じて、戦いが起きたら絶対勝てないし、いつかは開国しなくてはいけなくなるときがくるなら、今のうちに開国した方がよいというふうに考えが変わった。」「開国派だったが、イギリスなどの革命の流れから考えると、その考えが日本に入ってきてしまうと、幕府の存続は危うくなってしまうと思い、慎重派へと考えが変わった。」など、自身の立場を見直し、より深く考え直す姿が複数の生徒に見られました。
既存の学習内容を根拠にしながら、多面的・多角的に「開国」という歴史的選択について考え、積極的に意見を交わす生徒の姿が印象的でした。本年度、本校で大切にしている「エンパシー(さまざまな立場の人の思いに寄り添い、その思いを想像する力)」を意識した学習の積み重ねが、当時の人々の立場に立って歴史を考える姿として、授業の中で垣間見ることができました。

授業に対して、参加された方から次のようなご感想をいただきました。
・「ペリーが何日かけて日本に来たか」「アメリカは植民地をもっていない」という客観的な事実から、相手(アメリカ)の出方を予想している姿が印象的でした。エンパシーを働かせながら考察している生徒のあらわれだと思いました。根拠をもとに、とことん議論する中で、多面的・多角的に当時の社会を捉える力が身についていると思いました。
・ペリーの要求に開国推進派or慎重派でそれぞれ資料を根拠に、現代社会にも投影されるような意見も多数出ていて、日頃から社会情勢や国際的課題に興味を持ち、知識として自分ごととしている生徒が多数で驚かされました。相手への反対意見も敵対せず認め合う姿が素晴らしかったです。
セミナーの後半には、静岡大学教育学部の伊藤宏二先生によるご講話とワークショップが行われました。一人一人の知識量の差で「歴史が分からない」、「歴史に興味がない」という生徒を生み出してしまうという、歴史の授業づくりにおける問題に対して、近年注目されている「パブリック・ヒストリー」という方法をご紹介いただきました。パブリック・ヒストリーとは、専門家と一般人の区別を設けず、対等な関係性の中で日常的に取り組まれる歴史実践を指し、従来の「教員が教える」歴史の授業ではなく、「教員も生徒も対等に対話をし続け、その中で歴史観を創造する」歴史の授業を目指すものになります。教科書や定説を一つの有力な仮説として捉え、他の首長や改変の可能性に気付かせることで、専門的思考を疑似体験しつつも、自身のより深い専門的な探究を促す効果が期待されます。また、パブリック・ヒストリーを構成する諸要素(脱領域性、実践性、公共性、対話性、民主性、多声性、物語性、合意性、永続性、可謬性、当事者性)について、公開授業の具体的な場面や生徒のあらわれを通して説明してくれました。

ご講話に対して、参加された方から次のようなご感想をいただきました。
・パブリック・ヒストリーということで、歴史という遠い過去のことで他人事になってしまい、知識を得ることにとどまってしまうことも多いですが、一人一人が自分事として歴史と向き合うことが大切であると感じました。そうすることで、過去の人の思いにエンパシーを働かせ、より深い歴史理解につながると思います。こうした経験の積み重ねが、歴史の面白さを感じられる生徒を育てることになるのだなと感じました。
・「なぜ昔のことを学ばなければいけないか?」歴史に興味のない生徒の多くがそう思っています。「パブリック・ヒストリー」に基づく歴史授業づくりは、そういった生徒に当事者意識を持たせる一つの有効な考え方だと思います。ただ、伊藤先生の講話の中にもあったように、「パブリック・ヒストリー」には様々な要素があるので、授業者である私たちが、一つの単元に対して、そのような要素を自分の中に持っていないと、実践することが難しいとも感じます。
2学期に3年生と行った公民の授業の実践報告となります。
「公民的分野 C 私たちと政治 (1) 人間の尊重と日本国憲法の基本的原則」の単元となります。
1学期の実践を2つ報告します。
1つ目は、山竹教諭が1年生と行った「歴史的分野 B 近世までの日本とアジア (1) 古代までの日本」の単元となります。
2つ目は、片岡教諭が3年生と行った「歴史的分野 C 近現代までの日本と世界 (1) 近代の日本と世界」
今年度の本校社会科の研究テーマとなります。主体的に社会に参加できる資質・能力の育成に向け、今年度は「エンパシーを働かせた社会の考察・構想」のあり方を研究して参ります。
